Nude and Still-life Paintings. / 裸体と静物画。

美術館に行くと、考えてしまいます。

かれこれ、西洋絵画とはずーーーーっと
裸体と静物画だったんだな、と。

ポップアートくらいまでは、描く対象があまり変わっていないような気がしています。


静物画は名の如く、基本的には
動かないものを描いています。

17〜18世紀ごろはもっぱら人間の虚栄をむき出しにするものとして使われ、

時間という謎に対する問いかけ、
さらには死や生命について考えるための大テーマでした。



また、著名な画家ほど
大作の合間に静物画を描くようです。
音楽家が音階を弾くように、
絵かきは技術を確かめ精進するために静物画を描くようです。


一方、裸体は

人間の真の姿、
一番単純でこれ以上になく完璧・重大なテーマであり、
古代からずっと古典であり
時代を超えた“ひとの姿” ででした。
とにかく興味深い対象だったという意見もあれば

神話やキリスト教といった高尚なエピソードを借りて、
ただただ “裸” を描く口実にしていたという意見も。


特に近代の裸体画を観るたびに、
なんだかんだ
後者の理由が圧倒的じゃあ…、と思わずにはいられません。

すきな画家、と言われたときに


マティスはその自由なイメージ、最後の最後にはいつも
希望を残してくれるような絵がいつまでたってもすきで

一方で、アングルは艶めかしく、体温さえ感じられるような表現、
ドラマティックな構図に心が奪われています。

《アンジェリカを救うルッジェーロ》

こちらの絵はイタリアの大叙事詩、
『狂えるオルランド Orlando Furioso』の一遍が描かれています。


主要登場人物のひとり、ルッジェーロ(名門貴族・エステ家の始祖)は
身体の前半身が鷲、後半身が馬の伝説上の動物であるヒッポグリフに騎乗し
様々な冒険をします。

そのなかで、魔法の盾でオルクと呼ばれる海の怪物を退治する場面が描かれています。

ただ、正確にはルッジェーロはオルクを追い払ったのみで、
のちに主人公オルランドが力技でやっつけたとのこと。

オルランドは一目ぼれした絶世の美女アンジェリカを追いかけて世界中を旅します。

実家のほうで異教徒との戦争など一大事があり、
帰国の命がたびたび下るにもかかわらず
ストーカーか!?というくらい追い掛け回すのですが、
結局失恋し、発狂します。
(なんじゃそら。)

一方ルッジェーロはフランスの女戦士ブラマンテと
幾多の困難を乗り越え、最終的には結ばれます。

時間と空間を超えた壮大なロマンでもあり、
名門エステ家の始まりを語るという起源譚でもあります。


アングルはデッサンを極めに極め、
最終的には写実的であることよりも
自分が感じた被写体の本質的な美しさを描くことになります。

背中が異様に長く、
ヘビのようにくねっとしてるこちらの絵は特に有名かと。

《グランド・オダリスク》とわたしのノート。
丸いかたちのこちらの絵もまた有名です。

《トルコ風呂》


当時82歳の作品だったということで、
なんだか感心していしまいます。

もちろん、より宗教色の強い作品や肖像画など幅広いテーマを描いていますが
服を着た作品よりもやっぱり裸体!

アングルとえば裸体。

オリエンタルな裸体こそ
一番の腕の見せどころです。


ところで、わたしはルノアールが苦手。

長い髪の浴女》。オランジュリー美術館蔵。写真はwikipediaより。


印象派のもつキラメキが私には眩しすぎて、
とくにルノアールの裸体は理想を追いすぎているような気がして
絵自体の明るい印象と逆に、
気分が重くなって苦手です。
(勝手に「こいつ必死だな」とか重く受け止めてるだけですけど。)

日本人(特に女の子)はみんな印象派がすきで、
「『アメリ(映画)』きらーい!」と
言ったときと同じくらい意外がられます。


裸体と静物画。

ずっと描かれたテーマだからこそ
同じ画家で別の年代を比べてもよし、
同じテーマで画家を変えてみてもよし。

いろいろな楽しみ方ができる
無限のテーマだと思いました。




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